メジャーってなんだろう。


ずいぶん前の話になりますが。小室哲哉氏が深夜番組をやっていた頃
ブレイク前のウルフルズが出演して、
”小室さん、どうやったらヒット曲って出来るんですか!?”と
真剣に聞いていたことがありました。
小室氏は”んんーそうだねぇ。やっぱりディスコビートっていうのは
どの時代でも受け入れられるんだよね〜”といろいろ例を挙げていたっけ。
・・・その後、そのアドバイスを見事に受け入れたトータスさんは
名曲(PVは絶品!!竹内鉄郎バンザイ!)”ガッツだぜ!”を
世に出したわけです。(実話)

そういう意味ではワンナイト・カーニバルはヒットの要素を
含む曲なんだなあ、と。
翔やんはそれを知ってたのかなあ・・・などと思ったりして。
最近だと、サンボマスターの新曲だったり ちょっと前だと
アジカンの”君という花”は”ディスコビート”なんですよね。
音楽の細かいことはわからないけど、やっぱり日本人のDNAに訴えかける
何かがあるのかもしれない!なんちて。



最近ぼんやり考えるんです。ワンナイがなかったら
おいらは(というかメイジャーデビュー以降のキッシーズのみんなは)
彼らを知ることはなかっただろうなぁ・・・と。
以前にも書いたとおり、最初に彼らを知ったのは名前で。
ヴィジュアルどころか、どんな音楽をやっているかも知らなかったわけで。


でもねぇ。氣志團を語られる時、必ず”オレんとこ来ないか?”
であったり、あの踊りであったりするのは そろそろ食傷気味・・・
多分、紅白もワンナイなのでは・・・?と囁かれる今、
世間の目に関してはもう仕方ないのかな・・・と、
ロマンティックあきらめモード。


いえ、結局何が言いたいかというと 代表曲をもう1曲くらい
世に出しといて 儲けて(ここ試験に出ます!大切!!)
おいらとしては、その1曲でメイジャーの舞台から退いて
潜伏期間をおいて、また小さいハコから始めてほしいんですわ。
それが本当の氣志團伝説なのでは、と。
現象を起こして、スカッと引いて またジワジワとやっていく・・・みたいなね。


”夢見る頃を過ぎても”を読んで、そういう気分になったんだよね。
メイジャーになったことで、プロとしては合格なバンドではあるけど
翔やん一人を取ると、何だか可哀想な氣がしちゃってさ。
うまくいえないけど。本当は出たがりだけど、裏方に向いてるって
スゴイ不幸だ。一番不幸な氣がする。
孤独も絶望も一人で背負って、それでも売れなきゃいけなくて。


視点を変えたらまた違うものが見えてくるかもしれないなぁ。なんて。
氣志團サイドも、キッシーズサイドも。


翔やんが1冊目の本で言ってたコトバ。
”みんながホントだと思ってることがウソで
ウソだと思ってることがホントだったらおもしろいですよね”
って。ううむ。痛いなぁ・・・